地球化学とデータサイエンス
地球化学とは、岩石などの地球物質試料を分析して得られる「地球化学データという結果」から、地球の構造や現象・プロセス(素過程・メカニズム)などの「データ生成に至るまでの原因」を明らかにする学問といえる。これは、地球化学の数理的本質が、結果・出力から原因・入力を逆方向に推定する「逆問題」であることを示している。地球化学の逆問題は、知りたい構造・プロセスが多様かつ複雑に重畳されていることに加え、我々の取得できるデータや物理化学システムの情報が不十分であることに由来し、その解決は困難であることが多い。
近年、産業界や学術界のみならず日常生活を含むあらゆる場面で、機械学習や人工知能などと呼ばれる先進的な数理・情報科学的手法が活用され始めており、我々は知らぬ間にその恩恵を享受している。これらの手法群はデータサイエンス的手法などとも総称され、データから最大限の情報抽出を行うことで、難解な逆問題の解決を可能にするものである。
講演者は、これまで、数理・情報科学者や多様な分野の地球科学者と連携することで、データサイエンス的手法の活用により、様々な研究課題の解決に取り組んできた。例えば、多元素組成データを対象にしたものでは、津波堆積物やテクトニクス場の高精度な地球化学判別を試みた研究[1,2]や、変成岩の被った複数のプロセスの分離・抽出を行った研究[3,4]などがある。また、元素イメージングデータを対象にしたものでは、LA-ICP-MSの超解像を実現した研究[5]や、数値シミュレーションを活用して岩石の温度圧力履歴を復元する方法論を開発した研究[6]などがある。
本講演では、異分野連携の重要性を強調しながら、上記のような具体的研究例を紹介するとともに、データサイエンスが今後の地球化学に果たすべき役割などについて議論する予定である。
[1] Kuwatani et al., 2014, Sci. Rep., 4: 7077. [2] Ueki et al., 2018, Geochem. Geophys. Geosys., 19, 1327-1347. [3] Yoshida et al., 2018, J. Metamorph. Geol., 36, 41-54. [4] Kuwatani et al., 2020, Chem. Geol., 532: 119345. [5] Aonishi et al., 2018, J. Anal. Atom. Spectrom., 33, 2210-2218. [6] Kuwatani et al., 2018, Phys. Rev. E, 98: 043311.